公益社団法人 日本水環境学会
水環境懇話会 活動報告

第59回水環境懇話会 議事録(令和6年11月7日)

松原 康一氏
株式会社日水コン コンサルティング本部 海外事業部 海外水道部 副部長

 第59回水環境懇話会では、(株)日水コンの松原康一氏をお招きし、ルワンダ国キガリ市における水道事業の置かれた現状と課題、都市給水整備に関するプロジェクトの内容を紹介いただいた。さらに、ルワンダでの経験をもとに水道事業体の発展と自立について考察いただいた。その後の質疑応答では参加者との活発な意見交換が行われた。

1.経歴紹介

 2008年株式会社日水コン入社。東京水道事業部にて国内の水道事業体向けの調査・設計に従事した後、2012年に海外事業部へ異動。表題のルワンダのほかラオス・インドネシア・カンボジア・スリランカを中心に、海外の上水道施設の計画・調査・技術指導・設計に従事。また、併行して東京大学大学院工学系研究科 都市工学専攻にて2019年に博士課程を修了。Japan-YWP、JICAプロジェクト研究、水システム国際化研究会などの社外活動にも積極的に参加。

2.講演内容
①ルワンダの概要
  • 中央アフリカに位置し、人口は約1400万人。近年の経済成長率は約8%/年。
  • 汚職が少なく治安が良い。また、アフリカ第2の投資環境にありICTの普及に積極的。
  • 女性国会議員率世界一。水道部局にも女性職員が多く、女性が活躍しやすい環境。

  • ②ルワンダが抱える水道の概要
  • 水道の所管省庁はインフラ省。水道は国内唯一の公営水道企業(WASAC Group Ltd)が、政府の代理人として開発プロジェクトおよび水道事業を運営。
  • 都市部での基礎的な水供給へのアクセスは72.4%(2019-2020時点)。
  • 2029年までに国内全ての村への水供給、2030年までに100万件の水道接続を目指している。
  • 他方、現在の水道普及率は低く首都キガリ市でも30~40%。また、断水が非常に多い。
  • 急速な都市化による水源不足と、高低差300m前後の丘陵地形による高い末端圧力が課題。
  • 水源から標高の高い居住地まで配水していることに加え、無収水率が30~40%と高いため、単位水量当りの消費電力は1.5~2.0kWh/m3と非常に高い。
  • 水源が低地の表流水に限られており、浄水場も表流水源の近傍にあることから水害に弱い。

  • ③ルワンダでのプロジェクトの紹介
    キガリ市上水道改善整備マスタープランプロジェクト(2019~2021年)
  • JICA事業で策定した「キガリ市上水道マスタープラン」は、目標年次2050年の都市計画マスタープランと整合させており、都市と上水道の整備に一体性を持たせた。また、併せて策定年次から15年間の上水道整備に関する投資計画を策定した。
  • 無収水率や時間給水等の改善、サービスや財務体質の向上を目指しつつ、専門家や事業体が共同でマスタープランを作成し、現地の計画能力の向上を図った。
  • 2050年までの水供給ビジョンも策定した。
  • 本プロジェクトにおける調査で以下の課題が明らかとなった。
  • 丘陵地形に起因したエネルギー多消費型の上水道であり、維持管理費の半分が電気代である
  • キガリ市内の送配水管は整備されているが、口径が小さ過ぎて上流側の水需要が多い時間帯に末端で水が出ない事象が多発。1日に数時間しか水が出ない地域もある。また、配水区域の中でも水需要が偏在しており、不適切且つ非効率な上水道システムとなっている。
  • 給水管の途中にバルブが殆ど無く、配水網のブロック化もされていないため、漏水補修時に配水区域内全体が断水する。
  • 将来の水需要の増加に対応するためには、漏水率が現状のレベルのままの場合、漏水対策をした場合と比べ2035年時点で1.4倍の水源確保が必要となる。
  • 管路台帳はGIS化を行った。管網と漏水発生箇所を重ねると、小口径の給水管で漏水事故が多発していることがわかる。
  • 首都周辺部や地方都市の給水区域拡張プロジェクトは住民の給水改善のインパクトがわかりやすいので予算化されやすいが、持続可能な事業運営のための効率の改善、漏水削減は後回しにされやすい実情がある。そこで、次に示す配水管路システムの大規模改修による給水改善・効率改善のモデル的事業を無償資金協力で実施している。
  • キガリ市中央北部における給水サービス改善計画(2022~2026年予定)
  • キガリ市中央北部において、大規模な管路更新を含む給水サービス改善計画を実施中である。現状静水圧150m以上の場所で漏水が多発しているため、同じGLで給水区域をブロック化して静水圧を地域ごとにコントロールすることで漏水を削減する方針。なお、日本の最大静水圧の規制値は74mである。
  • 本プロジェクトでは現状38%の無収率を圧力改善により、2030年に24%まで削減することを目標としている。
  • キガリ市水道事業体運営改善プロジェクト(2022~2027年予定)
  • 先に策定された上水道マスタープランを効果的に実施するために必要なWASACの能力強化、および顧客サービス向上を目的とし、①年次予算計画のための5箇年の戦略ビジネス計画の立案 ②水道料金の改定 ③無収水量の削減 ④浄水場の運転管理 を包含した技術協力を実施中である。
  • ルワンダ全国の無収水率は2024年6月時点で全国平均39.5%。多い地域では約60%にもなる。
  • ルワンダ全国の無収水率は2019年から横ばい傾向にある。
  • 無収水の削減は断水回数や濁り水の減少、給水水質の改善になどのサービスの向上のほか事業全体の効率化に資するため、料金値上げの妥当性に関する説明材料にもなる上、経営面や限りある水資源の有効利用など、持続可能性にも貢献する。
  • 無収水対策の実施に説得力を持たせるには費用対効果と時間軸の関係性を整理する(所謂マッピング)が大切である。根本的な解決には管路の更新が必要だが、PRVs(減圧弁)やQuick Repair(漏水の早期補修)の導入も効果的と考えられる。
  • 山崎章三先生の著書『無収水量管理 = Non-revenue water management : 開発途上国を考慮して』(水道産業新聞社、2011年)も参考に無収水改善のステージングによる対策を行っている。先ずは目に見えている漏水を補修することが重要である。
  • 本プロジェクトでは、WASACカチル支店(顧客数:約2.7万)をモデルケースとし、無収水削減活動を実施した。その概要と成果は以下の通りである。
  • カチル支店では、無収水量のモニタリング、無収水活動計画の策定、事後保全の早期対応が特に有効であった。
  • ルワンダの無収水問題の原因は①配管工の不足、②資材の不足、③移動手段の不足である。特に③の問題は深刻で、バイクや車がないので現場に行けず、漏水現場到着までに数時間掛かることもあった。
  • 漏水発見から補修までの業務プロセスについて、以下の改善を実施した。
  • 増員とゾーンマネジメント(機動的漏水補修活動):技術者が支店営業所にしかおらず、バイクも支店保管のため、遠方対応が遅れ、夜間に漏水通報があっても現場に行けなかった。そこで、スタッフを増員し、エリアごとに割り振った。また、バイクは配管工の個人所有状態とした。職員を信用できない文化があるので、バイクの個人所有には抵抗があったが、福利厚生と割り切って支給した。
  • 資機材と調達方法の改善:工具等の資機材は個人所有のものを使用していたが、整備が行き届いておらず施工品質に影響があったため、WASACからの支給とした。また、従来、管材料は都度申請し、支店長、会計係の承認後の購入であったが、常備品を倉庫保管とし、専任管理者を配置し電子管理することで、漏水発見後、すぐに使用できるようにした。
  • モニタリング改善:漏水対応のデータは、支店の技術部門責任者の事後入力により管理していたが、タブレット端末を用いた現場でのリアルタイムでの報告を可能にしたことで、通報~現場到着~断水解除までのリードタイムが正確に記録できるようになった。また、月例会議を開催し、モニタリングデータを共有した。特に配管工の月例会議への参加は、エンゲージメント向上に繋がり好評であった。
  • 上述の様々な対策の結果、2時間以内に対応出来た漏水事故の件数が60%→90%に上昇した。また、漏水事故の件数も減少し、支店の管轄地域内の無収水率は約2年で41%→28%に減少した。
  • 今回、非常に大きな成果が得られたが、その要因としては日本からルワンダへは長年技術協力を行っており、技術的理解の基盤が醸成されていたこと、現場の問題を丁寧に拾い上げて投資したことが考えられる。また、まともな仕事をできる環境を作り、スタッフの能力評価ができる仕組みを作りエンゲージメントを高めたことも、成果が得られた要因と考えている。

  • ④ルワンダにおける水道事業の「自立」
  • ルワンダの水道事業は、政治的圧力により料金水準・予算・人事等に対し実施不可能な戦略や方針を与えられ、上位機関に振り回されている。
  • 過度な政治的介入は専門的視点や現場が蔑ろにされ誤った判断を招きかねないことに加え、現場の自律性が欠如し、エンゲージメントやパフォーマンスの低下の要因となる。結果、「水が出ない」「対応が悪い」など顧客からの悪評に繋がる。
  • ルワンダの水道事業が「自立」するためには、方針・予算・人的資源の配分を自己決定できる組織体制となったうえで、スパイラルモデルによる持続的な成長への挑戦が必要であり、「社会的目標の実現」や「業務効率改善と安定経営」を念頭にした発展が望まれる。
  • 宇沢弘文氏の名著である『社会的共通資本』(岩波新書、2000年)にもあるように、水道事業に関する予算・人的資源の配分や料金収入水準の提案は専門的な要素を強く含むため、自律的な意思決定が本来的に求められるのではないか。
  • 今回の講演が、水道事業の「発展」と「自立」を議論するきっかけになることを期待する。

  • 3.質疑応答
    質疑応答においては活発な議論がなされた。その一部を以下に挙げる。
  • キガリ市における給水サービスの改善計画におけるハード面での計画はどのようなものか。
  • ⇒配水池の建設、送配水管の敷設、給排水管の更新など、大規模な計画がある。目標とする無収水率は25%だが、無償資金協力の対象地域ではこれらの計画の達成により20%程度となることを期待している。
  • ルワンダの原水水質と浄水処理方法について教えてほしい。
  • ⇒キガリ市ではダム水も使用しているが、河川水の取水量が多い。ただし、濁度は非常に高く、通常500~600度、水質悪化時には1万度を超える。一方で、地方では主に湧水が水源であり水質が良い。浄水処理としては、凝集沈殿‐急速ろ過などが採用されている。
  • 機器や配管を選定する際の仕様書に準じたものを発行すれば、配管等資材の選定ミス(例えば、適切な配管口径が選定されないなど)は起きないと思うが、ルワンダに技術的な基準はあるのか。無い場合、今後策定される予定はあるのか。
  • ⇒材料については、Rwanda Standard Boardという標準化を担う国家機関があり、ある程度統一されているが、ほぼISOと同じ基準である。以前の技術協力で給水管の材料や口径の仕様化を行ったが、運用されていない。例えば水道部局の認証を受ける指定工事店のような制度があると良いと考えているが、現状そこまで至っていない。
  • 株式会社日水コンでは沢山の海外プロジェクトを実施されているが、今回のルワンダでのマスタープラン策定において、参考とした事例はあるか。
  • ⇒国によってマスタープランの力点が異なるため、独自性の強いマスタープランとなったが、隣国のウガンダの中期計画の事例や、キガリ市やエネルギー部門の中期プランは参考にした。
  • 管網のGIS化を実施したとのことだが、管網解析はしなかったのか。
  • ⇒当初はその目論見でWASACがEsri社にGIS化を委託したが、大部分の配管の口径が50mm以下と小さすぎるため、解析して水運用を改善するような状況にない。
  • ルワンダの自立にはガバナンスの効かせ方が重要と考える。権限とリソースは政府にあるが、事業者側は金銭的な苦しさがある状況と推察した。例えば、イギリス場合は完全民営化により政府から切り離された状態となり、規制を受けながらも利害関係者として上手く行っている。日本の場合は最低限の技術基準を決めており、ガバナンスしているのは市民である。これら事例から、責任と権限の双方がルワンダ国の水道事業者に必要と感じた(サービス悪化に対するクレーム窓口や責任者の所在等)。国が権利保持したままでは、事業者側や市民からの陳情も届かないように思うので、例えば国に対し水道事業の制度そのものの抜本的な見直しという視点に立ったコンサルティングをしてはどうか。
  • ⇒責任と権限の一致は重要と思う。ご指摘の通り、責任は現場にあるが権限だけは国にある。責任と権限の不一致については議論の余地があるので、大変参考になった。
  • 講演中の様子(現地会場)
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