公益社団法人 日本水環境学会
水環境懇話会 活動報告

第49回水環境懇話会 議事録(令和3年2月2日)

北橋 倫 氏
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
海洋生物環境影響研究センター特任准研究員

 第49回水環境懇話会では、「マイクロプラスチック」をテーマに、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の北橋 倫氏をお招きした。マイクロプラスチックが環境中、特に生物へ与える影響や、海洋中での分布把握のための分析手法の開発・検討についてお話しいただいた。その後、質疑応答が行われた。

1.経歴紹介

北橋 倫氏
 2013年に東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学専攻にて博士号取得し、同大学大気海洋研究所の特任研究員となられた。その後、2015年に国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の特任研究員となり、特任技術副主任を経験されたのち、現在は同海洋生物環境影響研究センター特任准研究員として従事されている。最近の研究テーマは、「海洋マイクロプラスチックの分布の解明と分析手法の開発、海洋生態系への影響」についてである。

2.講演及び討論内容

 まず①プラスチックの海洋生態系へ与える影響をご説明いただいた後、②マイクロプラスチックの概要と海洋生態系へ与える影響、③マイクロプラスチックの分析についてご説明いただいた。

①プラスチックの海洋生態系へ与える影響
  • 海洋中のプラスチック(マイクロプラスチックを含む)の挙動について研究することは、SDGsの中の14番目の目標(海の豊かさを守ろう)の中のターゲットに合致し、社会的意義もある。
  • プラスチックの被害は、主に、誤食・誤飲、絡まりがある。
  • 実際、プラスチックが絡まって動けなくなった動物や動物の体内から大量のプラスチックが発見されている。
  • ②マイクロプラスチックの概要と海洋生態系へ与える影響
  • マイクロプラスチックとは直径5mm未満のプラスチックと定義される。その由来から、一次プラスチック(スクラブ等の粒の小さいプラスチック)と二次プラスチック(プラスチック製品が紫外線や波浪などの外的要因で小さくなったもの)に分類される。
  • マイクロプラスチックは小さな動物にも誤飲、誤食され、カタクチイワシなどの小魚の消化管から確認されたり、プランクトンへの付着など確認されている。また、水深7,000m以上の深海に棲息する小型甲殻類からも発見されている。
  • マイクロプラスチックは食物網を通して高次捕食者に移行されることが懸念される。
  • マイクロプラスチックの誤食、誤飲により、消化管の損傷・閉塞、摂食の低下、繁殖率の低下、行動の変化等を引き起こす。
  • 製造過程で添加される添加剤や海洋中で吸着する有害化学物質が、プラスチック経由で高次捕食者に蓄積されることも報告されている。
  • マイクロプラスチックの摂食により生物のフンの沈降速度が変化し、海洋全体の物質循環へ影響を与えてしまう可能性も懸念されている。
  • ③マイクロプラスチックの分析
  • マイクロプラスチックの環境中における挙動のモニタリング、影響評価のためには、個数、サイズ、形状、材質を把握することが必要である。調査に関するガイドライン、論文については多数発表されている。
  • マイクロプラスチックの採集
     海の表層については、ネット(目合330µm、ナイロン製)で採集する。ネット由来のナイロンの混入(コンタミ)、300µm未満の粒子の取りこぼしに留意する。堆積物についてはコアラーで採集する。この際、プラスチック製のコアラーを使うと、コアラー内部が削れることがコンタミの原因になるため、アルミニウム製のコアラーを使うことでコンタミを低減できる(Tsuchiya et al. 2019)。
  • 試料の分離、前処理
     前処理作業は、実験室中でのコンタミ防止に留意する。コンタミ防止には、可能な限りプラスチック製以外の器具を使用し、白衣を着用し、クリーンベンチ内で作業することが望ましい。前処理は、篩→密度分離→化学処理の順で夾雑物を除去する。分離作業を連続で行うことから、その間のマイクロプラスチックの紛失の恐れ、作業効率が悪い等、作業が煩雑になる。対策として、篩分けでは、小型のステンレス製篩を使用することで、回収率の上昇や作業時間の削減が可能となる(Nakajima et al. 2019a)。密度分離における処理量が少ない、分解洗浄が手間という課題については、解決策としてJAMSSという器具を開発(ガラス製、洗浄が容易、堆積物が再懸濁しない、高い回収率(97%))した(Nakajima et al. 2019b)。
  • マイクロプラスチックの識別・同定
     実体顕微鏡や蛍光顕微鏡で観察する目視のみでは、プラスチックとプラスチック以外の粒子の誤判定が多い。そのため、材質判別が必要となり、フーリエ変換赤外線分光光度計(FT-IR)を用いて判別する。またはFT-IRよりも小さな粒子も判別が可能なラマン分光光度計を使用する。材質判別には時間がかかるため、JAMSTECでは、画像解析・機械学習により判別する、フローセルやハイパースペクトルカメラによる分析手法を開発している。
  •  質疑応答では、zoomのチャット機能を利用し、活発な議論がなされた。一部として、以下を挙げる。
  • 鉱物粒子よりもマイクロプラスチックの方が生物体内に蓄積されやすいのか。
    →詳しい研究はまだないが、エサとマイクロプラスチックの比重の違いなどにより、プラスチックの方が蓄積されやすいのではないかと思われる。
  • 深海底泥から検出されたマイクロプラスチックからは比重の重い物が検出されると思うが、どれくらいの大きさの粒子を調査したのか。
    →深海底での調査の結果、数10~数100µmのサイズのポリエチレンやポリプロピレンなど比重の小さなものもあった。PETなども検出された結果もある。
  • 深海底泥から検出されたマイクロプラスチックはマリンスノー由来と思われるが、水柱に浮遊するマイクロプラスチックも存在するのか。
    →海洋中層からマイクロプラスチックが検出された報告はある。おそらくそれらが沈降することで深海底にマイクロプラスチックが供給されると考えられるが、この沈降プロセスについてはまだ明らかになっていない。
  • コンタミ防止について、すべて金属の器具での抽出は難しいのではないか。
    →極力プラスチックを使わないことが望ましい。作業中にブランクをおいてそれを分析することで、作業環境中からのコンタミを評価することも必須かと思う。
  • 環境中には、一次マイクロプラスチックと二次マイクロプラスチックのどちらが多いのか。
    →きちんと評価した研究はないが、大きなプラスチックは細分化されてマイクロ化した二次マイクロプラスチックの方が最初から小さい一次マイクロプラスチックより多いのではないかと考える。
  • マイクロプラスチックの誤食により繁殖率がなぜ低下してしまうのか。
    →詳細なメカニズムまでは研究されていない。消化管に残存することで食べる量が低下し、食物から得られるエネルギーが低下する。エネルギーが低下すると繁殖に分配されるエネルギーが低下し、繁殖率が低下するのではないかと考えられる。もしくはプラスチックの添加剤やプラスチックが吸着している化学物質の影響も考えられる。
  • マイクロプラスチックのにおいに生物が引き寄せられるというのはどういうことか。
    →DMS(ジメチルスルフィド)という化学物質が、多くの海洋生物にとってエサの手がかりとなる「におい」成分としてはたらいている。DMSはプラスチックを数か月海につけておくとプラスチックに吸着される。プラスチックがDMSを吸着することで生物を誘引しているのではないかという研究報告もある。例えば、DMSを吸着したマイクロプラスチックは、吸着していないマイクロプラスチックよりカイアシ類に誤食されやすい。
  • 海底にたどり着いたマイクロプラスチックは最終的にどうなるのか。砂浜等、人間社会にたどり着くと発見されて焼却処分等されるが、海底での収支はどうなるのか。
    →おそらく海底に蓄積されるのみで、小さくなるという意味において分解される(マイクロ化・ナノ化)。生物により分解されないため、回収処分されなければ半永久的に環境中に蓄積されてしまう。海洋中マイクロプラスチックの効率的な回収方法はまだない状況である。
  • 講演中の様子
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